灘区在住日記

街をぶらぶらしながら神戸(特に灘区)の歴史を勉強中。

灘区に水車!?「水車新田」と幻の「灘目素麺」

灘区で「灘区文化部」という部活動をやってます(部員は一人ですが…)。今回は灘区にあった水車の歴史を調べてみました。

 

 

江戸時代、六甲山麓には急な川の流れを利用した水車業が盛んで、都賀川上流にある水車新田にもたくさんの水車があったと「灘の歴史」に書かれています。

 

 

この頃、灘区では菜の花の栽培が盛んで、水車を利用して菜種油が作られていたそうです。灘区の歴史の花を「菜の花」にした理由のひとつですね。

 

 

 

 

とっても気になったのでA氏と一緒に水車新田に行ってみました。水車新田は六甲ケーブル下駅から六甲交差点に向かう道を少し南に下った所にあります。

 

 

私たちは阪急六甲からバスで六甲ケーブル下駅へ。所要時間は10分程度です。私は阪急六甲駅から歩きたかったけど、A氏がすぐ「膝が痛い!」とか言いだすのでバスにしました…。

 

 

そして、到着後、張り切って歩き出しましたが、いきなり迷子。大月大橋の方に行ってしまいました。ただ、ここからの眺めは最高です。迷子になった甲斐があった???

 

 

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また、六甲ケーブル駅下に戻り、いざ水車新田へ。住宅地ですね…。その辺りから見た川はこんな感じ。

 

 

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あれっ???イメージと違う…。でも、近くには他に川はないし…。ここか???

 

 

そして、水車新田を南に下っていくと、大土神社があります。水車を利用して作られた油は、船で江戸や大阪に輸送されていたので、大土神社は村内と油の海上輸送の安全を願い1748年に創建されたそうです。

 

 

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(あらっ、神社が木に隠れてました…。)

 

 

さらに南に下っていくと、すぐ住宅街に出ます。水車が現存していないことは知っていましたが、予想以上に何も発見できませんでした。(何を期待していた…私?)

 

 

さて、水車では菜種油を絞っていましたが、その後、精米や製粉が行われていました。

 

 

その製粉された小麦粉で作られていのが「灘目素麺」。特産品だったそうです。しかし、水車業の衰退、労働者不足などで消滅し、今や幻の素麺です。

 

 

灘目素麺は幻となってしまいましたが、神戸市北区にある「つくしや」さんでは「神戸素麺 灘乃糸」が販売されています。

 

 

 

 

消滅した幻の産業を思い起こさせてくれる素敵な試みですね…。

 

 

ちなみに、灘区内に水車は残っていませんが、お隣の東灘区では水車のレプリカが見られます。「山田太郎・次郎水車」と名前が付いてす。

 

 

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大きい方は止まってましたが、実際に見ることができてうれしかったです。

 

 

今回はこれで終了。また機会があったら、懲りずに水車の痕跡を探してみたいなと思います。

 

 

終わり。