灘区在住日記

街をぶらぶらしながら神戸(特に灘区)の歴史を勉強中。

律令国家の地方制度

「灘の歴史」を読んで街歩きをしています。

 

 

 

 

第一章原始・古代の「律令国家の地方制度」。

 

 

六世紀末に中国が統一を果たすと、それに刺激を受けて日本国内でも中央政権的な国家をつくろうという機運が高まった。645年、中大兄皇子中臣鎌足は公的な法による律令国家を目指した。この改革を「大化の改新」と呼ぶと書かれています。

 

 

あ…、この辺りから苦手です。人や出来事、年号を覚えなければ!と思うトラウマからでしょうか…。この後1000年ぐらいは(私の中の)歴史の空白地帯です。

 

 

でも、せっかくの機会ですので、頑張って勉強したいと思います。

 

 

701年の大宝律令によって完成した律令国家は、公地公民の原則に基づいて班田収授法を実施。地方は国・郡・里に分けられ、現在の夙川から生田川までの六甲山南麓一体は「摂津国莵原郡」とされたと書かれています。

 

 

その郡役所があった場所がこちら。

 

 

阪急御影駅とJR住吉駅の間、山手幹線沿いにあります。

 

 

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 葉っぱに隠れてるし…。「ぐんけ」かと思ったら「ぐんげ」でした。

 

 

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ここに行く途中、「室ノ内」という地名を見た気がしますが、そこも同じようです。また、その近くにある大蔵という字名も名残だそうです。

 

 

名残って…、こんな昔々の名残ってすごいな。

 

 

暗記をするのは苦手ですが、こういう歴史は面白いなと思います。頑張って灘の歴史を勉強していきたいと思います!