灘区在住日記

街をぶらぶらしながら神戸(特に灘区)の歴史を勉強中。

古代の瀬戸内海航路

「灘の歴史」を読んで街歩きをしています。

 

 

 

 

第一章原始・古代の「古代の瀬戸内海航路」。

 

 

大和政権は中国や朝鮮半島と盛んに王流・交易をおこなっており、瀬戸内海航路は人や物資を運ぶ主要なルートであったと書かれています。

 

 

神話的な物語によると、難波津の一つ西の停泊地として「武庫水門(むこのみなと)」が利用されていました。それが七世紀後半には「敏馬浦」、八世紀半ば以降は「大和田泊(のちの兵庫津)」が利用されるようになりました。

 

 

造船・航海技術が変化して停泊地が徐々に西に移っていったのであろうと。

 

 

なるほどな…。

 

 

さて、この敏馬浦、現在の敏馬神社の社殿は高台にあって、東の入り江が敏馬浦、西の入り江が脇浜だったそうです。

 

 

こちらが「敏馬神社」。一番近い駅は阪神岩屋駅ですが、阪神バスだと「敏馬神社前」というバス停があるので、こちらが一番簡単に行ける方法だと思います。

 

 

この神社は「延喜式神名帳にも記載されているそうです。

 

 

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今はすぐ前が国道になっています。

 

 

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ここから見る景色はとてもきれいだったんでしょうね…。

 

 

万葉集には敏馬の歌がいくつか見られ、柿本人麻呂や(大宰府の長官)大伴旅人などの歌もあり、敏馬神社には歌碑がいくつかありました。

 

 

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万葉集は私にとって難易度が高いので(⁉)、いつか読んでみたいと思いますが、まだまだ先かな…。

 

 

また、瀬戸内海沿岸地域には神功皇后伝説が多く、灘地域でも敏馬神社や船寺神社、六甲山の石宝殿に皇后にまつわる伝説が伝わっているそうです。

 

 

阪神大石駅近くにある「船寺神社」がこちら。

 

 

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神社の入り口には神社の由来について神功皇后伝説が書かれていました。

 

 

しかし、「神功皇后って誰…」という疑問が…。こちらはボチボチ調べていきたいと思います。

 

 

そして、いつか六甲山の石宝殿も訪ねてみたいと思います。ちょっと遠いですけどね…。