灘区在住日記

街をぶらぶらしながら神戸(特に灘区)の歴史を勉強中。

六甲山と山岳信仰

「灘の歴史」を読んで街歩きをしています。

 

 

 

 

第一章原始・古代の「六甲山と山岳信仰」。

 

 

万葉集」などによると、難波津に出た大和の人々は大阪湾の対岸に見える山や川を日本語の「向こう(対岸)」を意味する「ムコ」と呼と呼んだ。のちに「六甲(ムコ)」の字も当てられ、この表記は「ロッコウ」と読まれるようになったと書かれています。

 

 

六甲山地は古来、修行の場として利用され、六甲山の不思議な力を題材にした神話や伝説には事欠かない。

 

 

奈良時代後期に仏教と政治の癒着が過剰になって平安遷都が行われると、仏教の世俗化を嫌う僧たちも現れた。最澄(伝教大師)や空海(弘法大師)は精神修養を実践するために比叡山(最澄天台宗)や高野山(空海真言宗)など、人里離れた山中に修行の場を開いた。

 

 

そのような仏僧は日本古来の山岳信仰の行者と出合い、行場に仏教寺院を建てた例が多い。

 

 

大化年間に法道仙人が開いた観音霊場に空海が創建した天上寺の摩耶山の縁起や、奈良時代和気清麻呂が開いた観音霊場を平安初期に空海が大龍寺に大成したという再度山の伝説などは、古来の行場に山岳寺院が建立された歴史を反映した言い伝えなのであろう。

 

 

近世、岩上の修行僧を見て天狗と考えた里人が、山内各地に天狗岩、天狗道、天狗塚などの地名をつけた。行者岩、行者山、仙人窟なども、六甲山が行場であったことを物語地名である。

 

 

って、「灘の歴史」を書き写しただけになってしまいましたが、摩耶山、再度山には一度行ってみたかったので、この機会に計画したいと思います。