灘区在住日記

街をぶらぶらしながら神戸(特に灘区)の歴史を勉強中。

律令国家の動揺

「灘の歴史」を読んで街歩きをしています。

 

 

 

 

第一章原始・古代の「律令国家の動揺」。

 

 

平安時代の「伊勢物語」八十七段は、この時代の灘地方を描いている。「むかし、おとこ、津の国、菟原の小売り、蘆屋の里にしるよしして、いきて住みけり」で始まる。

 

 

この物語では、布引と芦屋の間、すなわち現在の灘・東灘区のあたりに貴族の別荘があった。平安時代には、京都の貴族が灘地域に在住する場合があったのだろうと書かれています。

 

 

さてさて、平安中期になると律令制度が動揺し、中央政府の弱体化が著名に顕著になった。その結果、奈良時代の墾田永年私財法を盾に、公家や神社、地方豪族が荘園(私有地)を手に入れ、周辺を開発した。

 

 

また、律令制の動揺とともに地方の治安が悪化し、地方の土地所有者が武装して、武士が出現した。武士は集団化し、やがて武士団が拡大していった。

 

 

は~、なるほど、歴史ってつながってるなって感じますね…。今更ですが。

 

 

灘地域の荘園として記録に残っているのは、都賀荘と得位時枝荘、天下高羽園。

 

 

鎌倉初期の資料「春日祭雑事定文」には、春日神社の行事に関わるまぐさ(馬のえさ)を負担するものとして都賀荘の名が記されている。このころの都賀荘は藤原摂関家の所領か、春日社へ寄進された荘園であったと考えられると。

 

 

おーっと、「春日神社」とは通勤のとき毎日見ているここか!!!

 

 

こちらが神前町にある「春日神社」。

 

 

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こちらは「神前の大クス」。推定樹齢は約500年だそうです。すごいでしょ。

 

 

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と一瞬思いましたが、ここに書かれている春日神社は奈良にある「春日大社」のことですね…、残念。(ってなにが???)

 

 

ちなみに、得位時枝荘は、この地の有力者であった時枝氏、室町時代以降は北野天満宮が、天下高羽園は平安時代以前に石清水八幡宮が領有していたと伝えられているそうです。

 

 

って、奈良や大阪、京都にある神社が灘区に荘園(私有地)を持っていたってことですよね…。この時代の神社の権力を感じますね…。

 

 

こうやって歴史をみていくと、(当たり前ですが)歴史ってつながっていると感じます。学生の時、ちゃんと勉強していたら、もっと何かを感じることができるんだろうな…と思いますが、今更後悔しても遅いので、ボチボチ勉強したいと思います。

 

 

ちなみに、ここで「原始・古代」は終了です。この次は「中世」。

 

 

あ~あ、もっと不得意な歴史だな…。でも、頑張りま~す。